2010年3月11日 (木)

浮き沈み。

良いことがあれば、悪いこともありそんなこんなで物事は成就していくのである。

2010年3月 9日 (火)

弥勒如来の教え。

聖師様は弥勒菩薩であって霊界物語81巻総説に弥勒如来が登場するのである。弥勒如来の教えと弥勒菩薩の教えは同じであって異動はない。聖師様と日出麿先生が重要な教えは全部出してしまっているのである。大本はみろくの教えでありトドメの教えだからである。ただ6識、7識、8識、9識、10識については大本の教えの中には存在しない。霊界物語にも書かれていない事は聖師様自身が認めておられる。その点を弥勒如来が説かれる。

悟りの力。

今は大本本部は調子がよい。日出麿先生亡き後、大本からなくなったのは悟りの光である。それで大本は調子が悪いのであるが、まあ関門弟子登場以降、本部は調子が良くなってきた。まだ関門弟子は大して悟れていない。別派からは光がでないため没落していくばかりである。別派は霊界物語に光を求めているようであるがダメである。自分がいるのはかかる時代に大本がもう一働きせんがためである。自分も十数年辛酸をなめさせられてきた。苦悩のドン底に落とされてきた。何で自分が!とよく思う。これから自分の人生は展開していくのであろう。人生とは苦しいものだ。出口京太郎先生にはなんとか頑張っていただきたく思っている。

2010年3月 5日 (金)

新大本会館。

大本はまた月宮殿に負けない、強固な建築物を建ててしまったわけだ。今度は崩されないように。

2010年3月 4日 (木)

神スサノオの大神。

救世主のことである。主神の命を受けた救世主である。釈迦、キリスト、マホメットなどのことである。王仁三郎聖師も神スサノオの尊の一人ではあるけれどこの世を救うことなどとうていできなかった。そんなことは誰にもできない。でもあなたたちならできる。

2010年3月 2日 (火)

霊界物語の限界。

霊界物語はやはり古いといえる。当時の人々に合わせて作った物だからげんだいのものとは異なる。

2010年2月28日 (日)

出口和明2。

霊界物語47巻総説をとくとみてみたが何ともおかしな文章である。何がどうなのか全然わからない。この物語では「神スサノオの大神」が主の神だとはっきり言いながら一番最初には宇宙の根源神は大国常立之大神、天之御中主の大神、天照皇大神である。と並べている。その後にも神名が続くのだが、途中から神スサノオの大神が主の神だといいだして一番えらい神様に成り代わるのである。なんともおかしな話である。これが霊界物語のパラドクスである。これをまともに信じると出口王仁三郎が主神になってしまうのである。これはまちがいである。とうじはそうやって聖師様がはやしたてただけの話である。ちなみに霊界物語は聖師様の物語で主人公は神スサノオの大神である。だからこの物語に限っては主の神は聖師様に決まっている。この物語外では、主神は天之御中主之大神である。アホらしもない。

2010年2月27日 (土)

政治がアホらしい。

馬鹿馬鹿しくて見てられない。

人づくりの時代へ。

心の時代である。御霊磨きが重要だ。

2010年2月26日 (金)

周りと合わない。

自分がピュアになればなるほど周囲とは合わなくなる。それと戦ってもダメだ。和合するしかない。

2010年2月25日 (木)

ものづくりから人づくりへ

ものづくりの時代ではなく、人づくりの時代である。

神は善者なり。

神様は恐ろしいものと思っていたが、そうでもないようだ。もちろん怖い所もあるが、神様のために努力していれば御神徳をくれる。神の欲を自分のよくにすることが大事だ。

2010年2月24日 (水)

「トヨタは恥を知れ」 急加速体験の女性、米公聴会で証言

トヨタバッシングである。まあ日本は人がいいからバッシングされやすい。

2010年2月23日 (火)

絶対信仰。

これ以外にない。

2010年2月22日 (月)

小沢と金。

まあ小沢が悪人なのは、わかるけれど田中角栄スタイルが今どき通用するはずがないのである。小沢が選挙を仕切るとなると参院選は、確実に民主党は負ける。小沢を隠して鳩山をクリーンなイメージにしないと民主党は大変なことになり、政治の大停滞を招く。夏の参院選はメチャクチャな政治状況を作るものになる。政治は大混乱に陥るであろう。

思い上がり。

自分はちょっと思い上がりの慢心者でした。すみません。

スポーツマン。

記録を作るような人は常に省みる。自己反省に余念がない。

神文。

毎日、ご神前で神文を読んでいると、読まないと気持ち悪くなってきた。

2010年2月21日 (日)

生き神。

生き神ということはあるのだろう。日出麿先生は生き神だった。生き神としか言いようがない。

2010年2月20日 (土)

第三次大本教事件

出口安秋という人は大本にかなり詳しい人物だったようだ。まあ、教学委員長ということだからそうなのだろう。やはり聖師の時代の大本に真の大本を見いだしていたのだろう。平和な時代の日出麿先生の神業には飽き足らなかったのであろう。しかし、今彼が生きていたらどう思ったことであろうか?人民3分になると大騒ぎしたであろうか?もうすこし彼が生きていたら考えも変わったかもしれない。