家族なんだから普通仲がよさそうに思うが、正反対の霊魂が、結婚して仲直りさせるよう神様に仕向けられていたり、家族でもバラバラの志向で一緒にさせられていたりするから、苦痛を生ずる。全然異なる志向では、理解は難しい。源氏と平家が夫婦になっていたりしてなかなか、理解に苦しむものである。神様の無い家庭で独り、神様を悟らされれば、孤立するのは道理である。自分独り罪障の整理に苦しむが、家族はその苦しみには気付かない、本人は家族の分も因縁を贖罪するのだ。家族は我関せず、である。その一族でも優秀な霊魂が一族の代表で一族の因縁を背負う場合がある。障害児なんかも、優秀な霊魂が、一族の因縁を一気に背負って障害児と生まれ、家族に大事にされる場合がある。因縁論である。出口直開祖と出口家の因縁や、日出麿先生が高見家の因縁に苦しんだり、されている。独り因縁解消をどうするかは、難しいと思っている。
神様に仕える仕事
人の噂でその人物を評価するということは、群盲、象をなでるということである。おっかなびっくりで、自分たちにその人物を評価する能力がないことを暴露しているのだ。まあ、先方はバカの集団である。バカは何人集まってもバカである。
何とも、頼りなく自分には思えたが、持っている女はスゴい。本人はわからなくても、持っているのだから、スゴい。恐るべし、大本教主。持っている女。恐るべし。
私が存在すると本当にみろくの世がくるのを、今日見せられた。本当にきてしまう。結婚云々より、私がエルサレムに行けばよい。必ずみろくの世くる。大本教主を守ればそれでよい。経綸上、最重要人物は私である。みろくの世を開く鍵は教主が持っている私はガードマンだ。大本教主が恐ろしくなった。持っている女はスゴい。恐るべき女、大本教主。過言ではなく私と教主さまでみろくの世の扉は開ける。それは確かである。
本部長、田賀紀之さまならびに東京本部長、浅田秋彦さま。大本本部のことはよくわかりませんが、ご苦労をされておられる事と思います。当ブログが迷惑となっているかもしれません。ここに謝罪してお詫びいたします。影ながら応援しております。
日経平均が悪い。9000円を割り込んだ。困りましたね。
「いきがいシリーズ」は良いことが、書いてあるのではない。ここのところが難しいのであるが、二代様のお歌と違うところは、日出麿先生の言葉は宇宙的真理であって、仏教、道教とも共通する、この世の真実(道理)であるということである。困ったことがあれば、こういう宇宙の道理があるから、困りこんでも仕方ないよ、あなたは救われますよ。ということである。「絶対的、闇はありえない。必ず朝がくる。」これは宇宙の真理、道理であって必ずそうなるということなのである。これは陰陽のバランスということであって道教の発想である。先生はそういうことを悟られたということである。だから、すばらしいのである。宇宙の普遍的真理である。
有名なあるブログを読んだけれど、まあ出口家のどろどろしか描いていない。当然、和明は美化されてるし、神様ほっぽらかして人間模様しかない。神様がない。三代、日出麿対、開祖聖師というなんともわけのわからん話。でも三代、日出麿の神格化が気に入らない人たちなのであろう。自分は神格化するとどうしても苦しくなるとは思う。このブログでおもしろいのは三五瑞祥教と愛善苑である。対象的だけれどやってることは同じである。一派立てたら終わりである。やはり、中心がない。どういう観点で物事を見るのかがない。何何派とか派閥ばかりで中心がないのだ。やはり、教主以外は信用できない。人を信仰しても意味もなし人間は人間だ。神様は無限絶対無始無終である。よく心得ねばならぬ。神様中心である。